3月16日(日)スプリント種目に出場しました。
結果は3位に入ることができました!

決勝までを振り返ります。
ここに来て初めての雪。
ただ、それほどのドカ雪でもなく、細かくて湿った雪が降って、コースにうっすら積もっている感じでした。
バーティカルもそうでしたが、スプリントもワールドカップさながらの雰囲気で、音楽や司会の方の盛り上げ方もテンションが上がるものでした。
コースコンディションが良くないということでインスペクション(下見)がなくなりかけましたが、韓国の選手が掛け合ってくれてインスペクションをすることができました。
これはコースの雪の状態や傾斜、フットパート(板を担いでツボ脚で登る区間)、下りの旗門の幅等を確認し、戦略を立てる上で非常に重要な時間です。
どのシールでいくか、どのコースを通るか等をしっかり確認することができて本当によかったです。
今回のコースは規定よりも総距離は眺め、累積標高も10m高いです。
なので、予選は飛ばしすぎないように気を付けつつ、最低でも1回目のダイヤモンドが終わるまでは走るようにしました。
20秒おきに1人ずつスタートするので、前の人を追い越し、もう一つ前のイランの選手に迫ったところで出力を抑えつつ、2回目のダイヤモンドの手前からテンポよく早歩きするようにしました。
予選の時点で5位。
ただ、3~5位はそれぞれ1秒差ということで、「これはいける!」と確信しました。
予選の疲れを残さないよう、決勝まではジェルで補給+動き続けてとにかく乳酸を飛ばしました。
5位まで入賞…3位ならメダル…と結果がちらつきましたが、それよりもどのように決勝を走るかに集中しました。
決勝はスタートの合図に気付かず一瞬遅れましたが、バウンディングの感覚で、無理やり足を動かしてついていこうとせず、とにかくテンポよくいくことだけを意識しました。

この時点で3~4位。前の3人が先に右側のダイヤモンドに行ったので、すかさず左側を選択しました。
おかげで前にペースを乱されず、2回目のダイヤモンドで一瞬歩いたものの、ほとんど走って登りきることができました。

フットパートも初めて少し走りも入れながら登ることができました。後ろから迫ってくるイランの選手を感じながら。
最後のシール登りのパートで韓国の選手が横から来て追い越されましたが、バーティカルの悔しさを思い出して粘ってついていきました。動かない脚を必死で動かし、相手が走ったら私も走りました。
最後のトランジット、一瞬右足が入りませんでしたが落ち着いて処理できました。
先に韓国の選手が滑り始めましたが、この距離ならいけると確信。
得意の下りでぶっ飛ばし、インコースから入って抜き、そのままクローチングを組んで抵抗を最小限に抑え、1秒でも速くゴールしようと必死に最後の登りをスケーティングしました。

ゴールした後は久しぶりに体が全くいうことを聞きませんでした。
サポートしてくれた選手が、スキー板を外してくれました。
階段競走が終わった後のように脚が棒になりました。
正式リザルトが出るまではわかりませんでしたが、リザルトで正式に3位が確定すると、達成感と喜び、ほっとする気持ちがこみ上げてきました。
まだシニア男子とジュニア男子の決勝が残っていたので、私もできるだけサポートしました。
日本チームはシニア男女、ジュニア男子共に表彰台に乗ることができました。
また、現地でのフラワーセレモニーの後、国籍順位関係なくみんなで写真を撮ることができ、とても幸せな時間でした。


こういうお互いを称え合えることこそ、スポーツの素晴らしさだということを、改めて実感しました。